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最高裁判所第三小法廷 平成7年(オ)934号 判決

上告人

鈴鹿の森観光開発株式会社

右代表者代表取締役

永瀬勝也

右訴訟代理人弁護士

太田博之

中村勝己

後藤昭樹

立岡亘

大岡琢美

被上告人

旧姓若林

大森千帆

外三名

右四名訴訟代理人弁護士

落合正令

前田一

主文

原判決を破棄し、第一審判決中、上告人敗訴の部分を取り消す。

前項の部分に係る被上告人らの請求をいずれも棄却する。

訴訟の総費用は被上告人らの負担とする。

理由

上告代理人太田博之、同中村勝己、同後藤昭樹、同立岡亘、同大岡琢美の上告理由について

一  原審の適法に確定した事実関係等の概要は、次のとおりである。

1  上告人は、平成二年五月に開業した「鈴鹿の森カントリークラブ」という名称の預託金会員制ゴルフクラブ(以下「本件クラブ」という。)を経営する株式会社である。

2  亡若林義雄は、平成二年一月二二日、上告人との間で本件クラブへの入会契約を締結し、上告人に対し入会保証金二三〇〇万円を預託した。

3  亡義雄は、平成三年四月八日に死亡した。その相続人は、妻である被上告人祥子並びに子である被上告人美穂子、同千帆及び同真帆の四名である。

4  本件クラブの会則には、次のような規定がある。

(一)  会員は、譲渡、退会、除名、死亡、法人会員の消滅等の場合には会員資格を喪失する(一五条)。

(二)  会員が会員資格を喪失したときは、上告人は、保証金を返還する。ただし、入会後一〇年以内の退会及び法人会員の消滅の場合には、払込みの日の翌日から一〇年を経過した後に返還する(八条)。

(三)  会員に相続が開始した場合には、相続人は、名義変更手続をしなければならない。ただし、理事会が相続人への名義変更を適当でないと認める場合には、相続人は、八条の規定にかかわらず、保証金の返還を受けることができる(一〇条二項)。

二  本件は、亡義雄の相続人である被上告人らが、上告人に対し、本件クラブの会則一五条、八条本文の規定を根拠に、亡義雄の死亡により保証金返還の始期が到来したと主張して、保証金の返還を求めたところ、上告人が、会則上、いまだ保証金返還の始期が到来していないとして、被上告人らの請求を争っている事案である。

原審は、亡義雄は、平成三年四月八日に死亡し、会則一五条により会員資格を喪失したものであるところ、会則八条によれば、会員が会員資格を喪失したときは、退会と法人会員の消滅の場合を除いて、上告人は直ちに保証金を返還するものとされているから、亡義雄の預託した保証金については返還の始期が到来したと解すべきであり、被上告人らは、亡義雄の相続人として、法定相続分の割合で保証金返還請求権を取得したとして、その限度で被上告人らの本訴請求を認容すべきものであると判断した。

三  しかしながら、原審の右判断は是認することができない。その理由は、次のとおりである。

1  原審の確定した事実関係によれば、亡義雄の取得した会員権は預託金会員制ゴルフクラブの会員権であり、その関係は、会員と本件クラブを経営する上告人との間におけるゴルフ場施設の優先的利用権、預託した保証金の返還請求権、年会費納入の義務等を内容とする債権的法律関係であると解される(最高裁昭和四九年(オ)第二四六号同五〇年七月二五日第三小法廷判決・民集二九巻六号一一四七頁参照)。

そして、本件クラブの会則が死亡を会員資格の喪失事由と定めているとおり(一五条)、ゴルフ場施設を利用することのできるゴルフクラブの会員たる資格は、一身専属的な性質を有しているから、亡義雄の本件クラブの会員としての資格自体は、相続の対象となるものではない。しかし、他方において、本件クラブの会則には、相続に伴う名義変更手続に関して規定が設けられ(一〇条二項)、会員契約上の地位に相続性が認められているから、会員が死亡した場合には、保証金返還請求権を含む右の債権的法律関係が一体としてその相続人に承継され、相続人は、入会承認を得ることを条件として本件クラブの会員となることのできる地位を取得するものと解される(最高裁平成六年(オ)第一五九三号同九年三月二五日第三小法廷判決・民集五一巻三号一六〇九頁参照)。

したがって、本件クラブの会員が死亡した場合には、会則上、特に保証金の返還を求めることができる旨が規定されていない限り、その相続人は、会員の死亡を理由に直ちに右の債権的法律関係の中から保証金返還請求権だけを行使することはできないものというべきである。

2  この点に関し、本件クラブの会則一五条は、譲渡、退会、除名、死亡、法人会員の消滅等を会員資格の喪失事由と定めており、また、会則八条は、会員資格の喪失事由が発生したときは上告人は保証金を返還するものとし、退会と法人会員の消滅の場合にだけ一〇年間の据置期間経過後に保証金を返還すると定めているから、これらの文言からする限り、形式的には、退会と法人会員の消滅以外の資格喪失事由が発生した場合には、上告人は直ちに保証金を返還すべきものと見る余地がないではない。

しかし、他方、会則一〇条二項本文は、会員に相続が開始した場合には、相続人は名義変更手続をしなければならないものとし、同項ただし書は、理事会がこれを拒絶した場合に初めて、保証金の返還を受けることができるものと規定している。さらに、会員契約上の地位の承継という点において会員の死亡と類似した性質を有する会員権の譲渡の場合には、保証金返還の問題が生じないことは明らかであるが、会則八条にはそのような留保は設けられていない。これらの点にかんがみると、会則一五条、八条に関して前記のような解釈を採ることはできず、本件クラブの会則上、会員の死亡は直ちに会則八条本文に定める保証金の返還事由には該当するものではないといわざるを得ない。そのほか、本件クラブの会則には、会員が死亡した場合に、相続人が名義変更手続請求と保証金返還請求のいずれかを選択行使し得ることを認みた規定も在しない。

そして、このように会員に相続が開始した場合に相続人に保証金返還請求権を行使することを認めない会則の規定は、必ずしも不合理であるということはできず、その効力を否定すべき理由は見いだし得ない。

3  そうすると、被上告人らの主張する保証金の返還事由が発生したと認めることはできず、他に、亡義雄の預託した保証金につき、返還請求権の始期が到来したことの主張立証もない(仮に、被上告人らの保証金返還の申出を本件クラブからの退会の意思表示と見ても、亡義雄が保証金を払い込んだ後、いまだ一〇年の据置期間が経過していないことが明らかである。)。

四  したがって、これと異なる原審の判断には法令の解釈適用を誤った違法があり、この違法は原判決の結論に影響を及ぼすことが明らかである。この点をいう論旨は理由があり、原判決は破棄を免れない。そして、以上に説示したところによれば、被上告人らの本訴請求はいずれも理由がないから、第一審判決中、上告人敗訴の部分を取り消した上、右部分に係る被上告人らの請求をいずれも棄却することとする。

よって、民訴法四〇八条、三九六条、三八六条、九六条、八九条、九三条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官金谷利廣 裁判官園部逸夫 裁判官千種秀夫 裁判官尾崎行信 裁判官元原利文)

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